岩永善信2017レポートと2018公演への期待

岩永善信というギタリストは、クラシック音楽の、とくにロマン派を愛する音楽家である。演奏会では、ギターのために書かれたオリジナル作品ももちろん演奏するが、主要なプログラムは自身で編曲する。たとえばJ.S.バッハのチェロ組曲作品などが典型的な例だが、自身の手により無伴奏チェロ作品から10弦ギター作品に変容させる。ときにギター編曲例がひとつもなさそうで、ギター演奏としては初めて、つまり初演となる作品もプログラムにさりげなく登場する。昨年の岩永プログラム例で言えば「アルルの女・第2組曲」(ビゼー)など。以前には「展覧会の絵」(ムソルグスキー)がプログラムに登場し、驚かされた。そしてその迫真の演奏、音響世界に感動した。


 オーケストラ作品でもピアノ作品でも、まず、オリジナルにあたり、そこから10弦ギターのための作品として編曲していく、という話を以前伺った。おそらくは「これ」と決めた作品があると、ギター・サウンドに変換された響きがイメージの中に響き、設計図(つまりアレンジ)が具体化して行くのだろうけれども、けっしてメロディーを中心に引き算して行く単純な編曲ではないことが、実際の演奏を聴くとわかる。これまでに聞いた大作であれば、聴き手にはオケの記憶も鮮明にある。にもかかわらず、ステージから聴こえる音はギターであると同時にフルートだったりクラリネットでありヴァイオリンから立ち上るさざ波のような音の洪水なのである。いやいや、それは聴き手の妄想! と言ってしまえばそれまでだが、そんな境地をこれまでのコンサートで幾度となく体験してきた。岩永さん自身、自分で演奏することを想定しないで編曲して完成させた作品を、猛練習の末ステージに上げるのである。
 毎年足を運ばずにおれない所以である。

さて、今年2018年も新しいプログラムに向けて制作作業も進行しているという。楽しみにしつつ、昨年の公演について少し時期を失したが解説も書かせていただいた関係から、以下各曲のプログラム要約とともに公演レポートとして紹介しておく。

■スペインのフォリアの主題による変奏曲(M.マレー1656 – 1728)
イベリア半島起源の舞曲、3拍子の緩やかな音楽「フォリア」は、優雅で憂いを帯びた曲。多くの作曲家がフォリアを題材にしているが、ギターファンにはジュリアーニの変奏曲集も有名。フランス人であるマレーは、ルイ14世の元で活躍した。大航海時代を経たスペインの黄金時代を思わせるゆったりとしたリズムに乗る響は古楽器アンサンブルやフルート独奏とも異なる典雅な格調があふれた。

■シチリア―ノ(M.T.vonパラディス 1759 – 1824)
パラディスは、音楽の都としての形ができつつある頃のウィーン生まれ。5歳頃までに失明に至ったが、抜群の記憶力で10代20代を、ウィーンを中心にピアニスト、歌手として活躍。欧州各地で評価を得て3歳年上のモーツァルトに依頼した『ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調』が今も燦然と残る。
その頃から作曲も開始。 自身の作曲作品は喪失しているものが多い中、本曲はバイオリニスト・サミュエル・ドゥシュキン(米)が発見し1924年に出版されいくつもの名演が20世紀のレコード盤に残された。当然バイオリン作品を聴く機会が多いが、最初からギター作品ではないのか?と疑うくらい合っている。

■無伴奏チェロ組曲第3番 BWV1009 / プレリュード・アルマンド・クーラント・サラバンド・ブーレI/II・ジーグ
(J.S.バッハ J 1685 – 1750)

パブロ・カザルスの演奏により評価を決定づけられた作品。
無伴奏チェロ組曲はケーテン時代(1717年 – 1723年)の作といわれる。第6番まである。ここではその第3番からの抜粋。この作品以降さらに名作がたくさん生まれる。そのエッセンスが無伴奏チェロ組曲にあると思う。6弦ギターではただの練習曲に聞こえがちだがチェロの音の深さとは異なる10弦ギターの音が作り出す奥行きはじつに心地よく、ドラマチックで深淵だ。

■南のソナチネ / I.カンポ II. コプラ III.フィエスタ(MM.ポンセ 1882 – 1948)
メキシコの作曲家でピアニストであるポンセのこの曲は、彼自身の作詞・ピアノ伴奏による録音も残されている。作曲年は1913年。アールヌーボー〜アール・デコという美術建築の様式が西欧のブームであった時代。タイタニックの悲劇の翌年。貴族の時代が終焉を告げつつある時代の南の熱い空気がホールを包む。

■パストラール、間奏曲、メヌエット、ファランドール(『アルルの女』第2組曲より)
(G.ビゼー 1838 – 1875)

ギター・ソロ演奏による第2組曲全曲演奏は本邦初演。早熟にして夭逝した作曲家の傑作である。この作品の発表3年後にはブラームス、ワグナーも熱狂した「カルメン」を世に出す。没年はその3ヶ月後。
 第2組曲は、間奏曲も前奏曲もすべて完結した世界を持っており単独でも聞きごたえがある。「パストラール」《牧歌的》の言葉を持ちながら舞台である闘牛場を連想させる印象的なファンファーレ。間奏曲は悲劇の最後を先取りするような不穏で重々しい前奏や匂い立つロマンスをほのめかすメランコリックなメロディーからなる。「メヌエット」は、ハープのアルペジオに乗ってフルートが典雅に滑る様に旋律を奏でるあの曲。そして、ファランドール。物語の悲劇とは裏腹に村人の婚約の宴で歌い踊る音楽で、盛り上がって終わる。演奏は視覚的にはものすごくアクロバティックでさえある。そして聴こえる音楽は熱狂のフォルテ!

さて、今年の岩永善信公演は、すでに進行中で以後の日程も公開されている。彼はCDやDVDなど記録を残さないことでも知られる。「演奏する、その時の同じ空間で体験することこそ音楽」と信じるからだ。どの公演でも良いと思う。ギターという楽器の岩永善信だけが聞かせる「可能性」と「完成度」を目撃してみてはいかがだろう。

http://www.yoshinobu-iwanaga.jp/schedule/schedule2018.html

【関連記事さらに・・・】

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*
*

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)