岩永善信氏の2020年ギター公演スケジュールは、2019年末に決まっていたその全てが延期、または中止になった。2月29日三重県桑名市桑名市民会館での公演が最新のもの。
毎年春から夏にかけて全国をツアー。真夏を越えて秋から冬にかけてツアー再開。年末の公演で一年を終えるスタイルだったが、「2020年スケジュール」は、予定していたものは全公演中止となってしまった。本当に残念だ。
そこで、2019年のファイナル「となった10弦ギター岩永善信ギターコンサート」(2019年11月29日白寿ホール)のレポートと合わせ、最新コメントをお伝えする。(撮影:かえるカメラ)
同公演は「東京公演」として20回目の記念公演だったが、プログラムもそれに相応しく、珠玉の作品が並んだ。岩永さんの公演は基本的に核となるのがロマン派。これの序章に古典ないしはバロック作品、さらに現代作品が選ばれるが、演奏順は様々。古典〜近代〜現代〜また近代・・・と言う流れはギター作品として磨き上げられた上で曲想によってプログラミングされている、と言えるだろう。
ステージはH.パーセル(1659- 1695)/4つの小品からスタート。エリザベス朝時代のヨーロッパの香りがむせるように響いた。バロック黄金時代の絵画は、ともすると世俗的な表情も描かれるが、禁欲的な静かな風景から猥雑で世俗的な様々なイメージが一般的かもしれない。パーセルの音楽は、宗教絵画的な中に感じる清冽な空気が保たれている。これが心地よい。パーセルの主題としても有名なロンドで耳はすっかり王朝時代。
続いてJ.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番から「サラバンド・ドゥーブル、ブーレ・ドゥーブル」。中世の空気が宗教改革を挟んで新しい時代に入っていく。バッハの音楽はその象徴だ。ヴァイオリン独奏の楽曲として、古今随一の名作でありギタリストにとってはバッハの人気作品でもある。エネスコやシゲティの演奏などヴァイオリン版にLP名盤が多いのはもちろんだが、ギター盤もまた多い。
ここでは10弦ギターの余韻ともあいまって幽玄のバッハ!
E.グラナドス/プレリュード、スペイン舞曲集第3番ファンダンゴ、祭りの思い出、ゴヤの美女。グラナドスの珍しめの小品を4作品。一気に近代の音楽だが、どれもスペインらしい歴史も感じさせる音階、情景描写的でキャッチーな旋律に親しみを感じる。
M.アンデスはオーストラリア出身のギタリスト、作曲家。5つの小品からなる「フォルクローレ組曲」は、親しみやすいメロディがはっきりした口ずさみたくなるような作品が多く、かつ多彩なギター演奏の表情が楽しめる。
V.クチェラ/日記〜チェ・ゲバラ讃より 愛の日、決断の日、死の日。タイトルが示す通りのことを描いている音楽だ。愛の日といえど、激動の時間が過ぎていく。音が跳躍し不協和音と余韻の狭間に流れる旋律がゲバラの生きた時間の振幅のようだ。本来全5曲からなるが、そのうちの3曲。決断の日は「同じ音の連打が焦燥感を煽り、いったん静止したのち全弦が激しくかき鳴らされる」(プログラムノートから)。死の日は再び音の跳躍が多用され、不規則な音階が様々な脈絡を感じさせ、所々に鼓動が脈打つ。そして静寂。キューバの激動そのもの。
E.グリーグ/叙情小曲集から4曲。アリエッタ、小さな妖精、メランコリー、トロルドハウゲンの婚礼の日。叙情小曲集はグリーグが24歳から60歳まで作曲し続けた全66曲のピアノ曲集。この日のプログラムの一部にこそふさわしい、しかし多彩な作品が選ばれた。
この日はアンコールも多彩。1曲めはチャイコフスキー「朝の祈り」短いながら荘厳な和音と余韻に浸る。続いて「タンゴアンスカイ」。とどめのラストはアニーローリー。ともすればリリカルに流してしまうこの曲を対位法を感じさせる複線律的な演奏は、この公演を象徴しているようにも感じた。
INTERVIEW
さて、迎える2021年を前に、コロナ禍の2020年、岩永さんはどの様に過ごしていたか? メールやりとりによるインタビューを紹介する。
——本番演奏から離れざるを得なくなったことによる、メンタル、モチベーション、テクニック維持のために何か対策されていますか?
勿論、聴いて下さる方に音楽を通して何かを届けるというのは大事な目標ですが、普段の練習を通して自分の思う様な音楽に近づける作業というのは変わらないので、コンサートがなくてもモチベーションが下がるという感じはあまりありません。
このところ、コンサートに追われて編曲をしている事が多かったので、むしろこの機会を利用して、やりたいと思っていた編曲を進めているところです。それと演奏に関しても、一から洗い直して自分の求める音楽に対して必要な事柄を見極めて、さらに自由に表現出来るための練習をしているので、こういう期間はむしろ有り難いと思っています。
——私たちアマチュア・ギタリストの練習のモチベーションを考えると、岩永さんの公演そのものであり、コンサートに出かけることだったりします。それがなかったわけで練習になかなか気合が入らなかった人も多いかもしれません。ぜひ参考になりそうな「練習」を教えてください
曲の練習以外にスケール、アルペジオなどの基礎練習を、一日5分でも良いので続けられれば、必ず効果はあると思います。その際、その方のレベルに応じて何か課題があるとさらに良いと思います。例えば指が出来ていない人なら、全ての音を強く弾く、レガートに弾く、音の粒を揃える、メトロノームに合わせて正確に弾く、etc.
——基礎練習ですね! 頑張ります。ところで2020年に披露予定だったプログラムはどのようなものでしたか? お話しできる範囲で結構です、教えてください
世の中がこんな状態なので、はっきりとプログラムは決めていませんでしたが、今年の後半はマックス レーガーの無伴奏チェロ組曲第1番とチャイコフスキーの小品、9曲は弾くつもりでした。
——次にステージでお会い出来ることを楽しみにしている岩永さんファンに向けてひとことお願いします。
次にコンサートでお会い出来る時は、これまでより一歩踏み込んだ自由で新鮮な音楽を届けたいと思っていますので、その時が来たらまた聴いてください。