2.現場でつくる

――実際に現場で音だししながら、その上で修正しつつ編曲していく、というのは、たいへんな作業じゃないですか?

久保田:事前にほぼアレンジが確定していてやっていく中でさらに音楽の姿が見えて来たので、やりやすかったですよ。姿が見えるからこそ音域を変えたり、ということも確信的にできましたし。

――しかし、持続音がトレモロだったり、単音の余韻が残りにくいという制約と言うか特徴があるじゃないですか?

久保田:それは制限とは思わなかったですよ。もちろん、最初に完成したアレンジと実際の演奏・・・実音とのギャップはありましたから、そういう部分での修正もありましたけど。 事前にある程度マンドリンのCDなどで、鳴りやすい音域やギターとの組み合わせで効果的な方法とか研究してチェックしていたんですが、実演してもらうと、あれ?ここが足りないな、とか、ここが過剰だとか、ありましたから。だからそういう意味では手直しはしましたが、それはマンドリンという楽器の特性だとはおもいましたけど、制約だとはおもいませんでした。

――そうですか。すると、マンドリンがちっちゃいのから大きいものまで並んでいれば、だいたい
意図する表現はできる、と?

久保田:できると思います。マンドリンの良さを活かして。

――弦楽オーケストラ作品を巧みに置き換えたマンドリンオーケストラを聴くと、
マンドリンならではの楽器の特徴も聴こえながら、作曲家の作品が、作品として聴こえていた気がして、 私はびっくりした経験があります。それと同じくらいマンドリンに対する先入観を越えた演奏会だったと思いました。

久保田翠KubotaMidori
久保田:あ、それはうれしいですね。おそらくそのへんのことと関連するんでしょうけど、マンドリンというのは世間一般では民族楽器的な位置づけ、印象をもたれているであろう、ということ。 やはりナポリ民謡などやれば、ハマるんでしょうけど、でもそれを聴いて「やっぱり合う」と思い込む先入観を持っていてはいけないんじゃないかとも思っていますよ。だから違う文脈でマンドリンを聴けば、違う印象ができていくわけだし。実際やっているときにも、そういった民族音楽的なバイアスはかんじなかったですね。

――そうだったんですね。
 ところで、これはマンドリン演奏の特徴というか個性を際立たせるひとつじゃないかと思うんですが、 主旋律に対して対旋律がつねにあるような作り方がありますね。これはトレモロでメロディアスにやると叙情に流れてしまうとは思うんですが、やっぱりそこはマンドリンのよさかな、とも思うんですけど、どう思いますか?

久保田:私もそう思いますよ。単音だと溶け込んじゃいますけど、トレモロになったときの独特の音の伸びというのは、絃楽器のアルコで弾たときの伸びとはまた違う良さを持っていると思いましたね。あれはうまく使えば立体音響的にすごく適した効果が出ると思いますね。

――マンドローネとかマンドロンチェロなど、低い方を担当する楽器のトレモロがカギな気がします、きっと。 だから今回の久保田さんの編曲もフォーレなんか、すごくいいかんじに聴こえました。

久保田:あ、ありがとうございます。自分ではうまくいったかどうかの意識はなかったんですが、ただ、あれはもともとピアノが16分音符でひたすら刻む音があるんですが、それを各楽器に割り振りしているんです。 16分音符の2個目まではこの楽器、三個目からはこっちの楽器、というふうに。だからこれがうまくいけば、中世のホケトゥス(注)みたいに聴こえるはずなんです。

フォーレの楽譜 ――ホケトス?

久保田:ひとつのフレーズを1音ずつ歌う人が別々に分担して、つなげていくという歌い方で、音色旋律と言われたりするものなんですが。 今回のフォーレも「タンタンタタタタン」というフレーズが多かったので、ここまではマンドラとマンドリン、タタタはチェロとか。数音ずつ分担したんです。だから厳密に言えばホケトゥスとは違うんですが。

――ああ、なるほど。

久保田:だから演奏者がいかに正確にリズムを刻めるかがポイントだったんですが。

――かなり、難しそうでしたね。

久保田:しかしうまくいけば、ピアノでは得られない立体感が創れますね。

――ホケトスから派生した管弦楽法を駆使した作品というのもありそうですね?

久保田:・・・。それはでも、特定の作家の技法というより、一般的な方法に近いといっていいかもしれませんね。
(続きます)


久保田翠
※久保田さんのホームページはこちら→ 久保田翠ブログ。興味の赴くまま、万華鏡のように話題がまたたいています。