ギタリスト伊東福雄さんに腱鞘炎について聞く2回目です。 伊東先生は、昔から腱鞘炎にかかったギタリストを見てきたそうです。 「いいっぱいいます」、と。 で、ご自身も腱鞘炎オーナーだそうです。 しかしレッスンの場面、そしてなにより演奏会でも そんな気配を見せません。「腱鞘炎は予防がいちばん」 その予防の方法とは? |
○●○ | さきほどの手のごわごわ感は、左右の手、どちらでもおこりますか? |
伊 東 | おこります。 それで左右どちらでおこっても困るし、いやなことだけど より困るのは右指です。 右指は決定的に困る。 つまりスピードが命だから。タッチの速さですね。 これをゆっくり弾けば弾けるというのは本番では 通用しない。人前で立ち上がりのいい音、まあせめて 普通の音が出せなかったら致命的ですね。 僕はね、「親指を制するものはギターを制す」、という格言を作っている。 親指関係の力の入れ過ぎとか故障が多いんです。 |
○●○ | というと? |
伊 東 | 親指の関節と筋肉を、悪い形で弾くとか 酷使するとかするとだめなんです。 それで、具体的には自分が指をどう動かしているかは 知らない人が多いんです。 左手は手のひら側から見えるから、まあいいんだけど 右手は見えない、あるいは見えにくいでしょ。 それにのぞきながら弾く、なんてこともできない。 |
○●○ | はい。 |
伊 東 | そこでギターは弾かず、手のひらを上に向けて 手のひら側から弦を弾く動きをしてみながら 観察する、ということを最近は提唱しているんです。こう… |
(▲腕の筋肉を見てみよう) |
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○●○ | ああ、なるほど、わかりますね、ヒジの方まで動いている様子が。 |
伊 東 | というのも、これのそもそもというのは 自分がまず良い先生になりなさい ということをいいたいんですよ。 レッスンを受けている人でも 週に1回、それも30分とか1時間とかでしょ。週のほかの6日間と23時間は 自分でどこがどうか判断できないといけないでしょ。 |
○●○ | ああ、そうですね |
伊 東 | それでほんとうは第一関節と言っている、ナックルと言っている関節を動かすことが大切なんです。 これが大きな筋肉を使っている。ヒジもそうだし、触っていけばわかるけど 二の腕から肩、肩甲骨まで関係してるのがわかる。そういう動かし方をするのがいい。 |
○●○ | ほんとだ。よくわかりますね。 |
伊 東 | そのときに、ところが、親指は、こうやっただけでも 緊張する。ここ(A)が緊張してはいけないの。 |
一方、i、m、aは、たとえばこんなふうに やってみるとよくわかるんだけど この関節(B)を支点に運動させるんじゃなくて |
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ここ(C)を支点に運動させるようにするの。握る感覚。 この運動がいいのはギターだけではないんですよ。 |
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○●○ | 宇田川先生も言ってましたね。イエペスに習っているときに 同じことを言われ続けてどういうことか考えて 日本に帰ってきて練習しながら あるときどう動かせば良いのかハタと気がついたって。 |
伊東 | 僕がこのことに最初に気がついたのは 24歳で、オスカーギリアのマスタークラスを受けたときなんですよ。 彼はさかんに僕の演奏に対して 「もっとクリアーにもっとクリアーに」と言っていた。 |
(▲オスカーギリアのマスタークラスにて〜1975年) |
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これはどういうことかと考えたら、 これはけっきょく弦に対する“タッチの速さ”のことだったの。 でもこの音が意図して自然に出せるなら これは西洋音楽の“楽音”に使える音なんだな、と 実感したんですよ。 |
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○●○ | そこからまた新しい世界が見えたっていうかんじですか? |
伊 東 | そう。で、ね、これはたとえば フランス人の10歳くらいの子でも身に付いている ことなんだね。 雑音を嫌う、という性向というか…。 ところが概して日本人の音への感覚というのは 雑音もまた楽音であったりするという伝統があるでしょ。 |
○●○ | というと…? |
伊東 | 蝉の声の聴こえ方とか、さ。 |
○●○ | ああ、はいはい。 |
伊 東 | で、この感覚というのは東京国際ギターコンクールへ 出場するレベルの人たちでも歴然として現れていて 外国からの出場者は、だいたいが既に クリアな音を持っていますね。 これはかなり大きな問題だと思いますね。 |
○●○ | なるほど。 |
伊 東 | その感覚と、速さへの対し方。 このへんが今も課題の一つとしてあると思いますね。 それで速さに関しては右手のスピードを上げるための トレーニングをする。 しかし、それを続けると腱鞘炎にかかっていってしまう。 僕も、以前、他のクラシックの楽器に伍して行きたかったから 同じスピードで指が動くことを目指した。 しかしそれは、続けていたらいちばん危ない、という方法だった。 たとえばメトロノームの160〜168といえば、 トレモロによる音より少し遅いくらいのスピードだけど これをi、m、i、mで交互にやってみたり。 4つ打ちで半音階を弾いてみたり。 と、スピードに賭けたことがある。 そういうことが「危険」だったんだね。 |
○●○ | ああ、そうだったんですね。 |
(続きます) |
2009-02-09-Mon
ギターの時間