●「楽器の技術の積み重ねで音楽を作ってはならない。
作品の方が、すでに必要となる技術を決めている」
--微妙なチューニングまで要求しないにしても、そうした鳴り方、鳴らし方、合奏の持って行き方みたいなことを考えると、団員の方への対し方とかメンバー構成とか団員の資質とか技術のこととか、難問が山のように出てきそうですが・・・? つまりそうした問題を抱えているとどんな曲をやるべきかというところで、展望をどのように組み立てたり考えているしているんですか?
笹崎:はじめに音楽があって、その音楽はどんな音楽なのか、それをどう実現するか。それを細部に落としていくと、おのずと演奏方法も決まることが多いんですね。そこで「こう表現してほしい」と。「なぜなら全体がこうだから、その中ではこうあってほしい」と。
--あ、なるほど。
笹崎:出発点は全部音楽の方にあります。楽器の方じゃなくて。その結果が、オーケストレーションの問題、奏者の問題、ホールの問題・・・いろいろあるけど、それがかけ合わさったときにどんな音響空間ができるのか? その結果を想像しながら、取り上げる作品を選びます。
--そうした方向性はメトロポリタンの中心となる人たちには共通認識があり、それが団員にも反映されているということですね。
笹崎:そうですね。僕と指揮者の小出雄聖先生が候補曲を案として出すことが多いですが、誰が出してもよいしくみにしています。選曲する時期になると、それまでに出ている候補をとりまとめて、組合せを考えて、「このプログラムでどう?」という話で、主なメンバーの承認をとっていきます。メンバーは選曲方針については似た考えを持っていますし、候補曲はまだまだたくさんありますね。
--そうなんですね。とはいえ、たとえば北爪道夫先生の昨年の作品の場合、完成してくるまでどういうものが上がってくるのかわからないじゃないですか。委嘱の仕方って難しいですよね? 「どんな曲」と言ってもそれぞれ感覚にはズレがあるだろうし、あまり条件を出しても制約になってしまったり。笹崎さん達はどんなふうに依頼するんですか?
笹崎:うん、逆にぼくらはほとんどなにも言わないです。マンドリンという楽器の特性に関してはドキュメントに落としてありますから、それをお渡して見ていただきます。音域がこうで全体がこうで記譜方法はこうで、といった基礎的なことですね。それと委嘱はだいたい2年前には決めるので、リハーサルや本番などに来て聴いていただいたりもできますし。マンドリン・オーケストラというのはどういう音がしてどんな響きがするのか。個々の楽器ではどういう音がするのか。なにができてなにができないか。作曲家に実際の響きを感じていただきつつ、会話もしながら進めます。
--ああ、あなるほど。
笹崎:でも音楽の方向性でいうと、基本はお任せしています。編成もある程度はお任せしですね。ギター・コンチェルトの場合はギター限定で北爪道夫さんにお願いしましたが。ふだんはそれも決めずにお願いします。
--そういうものですか。
笹崎:松平頼暁さんにお願いしたときは歌がついてきてびっくりしましたし、南聡さんのときは独奏バイオリンがついてきました(笑)。
--予想外の指定楽器があるとびっくりしますよね、きっと。
笹崎:「予算が!」とびっくりしますよ(笑)。それはさておき、ふだんの僕らの中にはなかった発想を出してくださることはとてもエキサイティングなことです。
--さきほどの作曲家の方のためにドキュメントにしてあるというものは、いわばマンドリンオーケストラの教本のような・・・?
笹崎:楽器の音域や奏法を示したものです。どういう風に弾くとどんな音が出て、各楽器の調弦はこうなっていて、みたいなことですね。
--それは笹崎さんが作ったものなんですか?
笹崎:そうです。例えて言えばビュッセルが書いたオーケストレーションの楽器編成の基本を示した手引きみたいなものと考えていただければ。
※アンリ・ビュッセル(仏: Henri Büsser、1872年1月16日 – 1973年12月30日)パリ音楽院作曲科の名教師。ドビュッシーのピアノ連弾曲《小組曲》、《春》のオーケストレーションもしている。オペラ《ペレアスとメリザンド》初演時は、合唱指揮を担当。話の中で出た手引書は名著《楽器編成応用概論》のこと。
--それをみていただけばマンドリン合奏がすぐわかる!
笹崎:いや、伝わらないですよ(笑)。各楽器の基本性能や記譜法だけわかったとしても作曲はできません。大事なのは実際にどんな音響空間が立ち上がるのか。とくにマンドリン属の楽器は1本のときと複数のときでは全く違う空間が立ち上がるので、作曲家に実際に聴いて感じていただくことが絶対必要です。そして僕たちは、作曲家がそこから何を感じ取るかに期待しているんですね。
湯浅譲二さんのときは、リハーサルを聴きながら、「マンドラというのは意外にオープンな音がするね。ビオラの代わりを想定してはいけないね」とおっしゃってました。ぼくが10年以上かかって築き上げた「マンドラのパートはビオラのパートを移せばいい、といものではない」というノウハウを、一瞬で見抜いていらっしゃいました。さすがですね。まあ、そんなような会話をしていきます。
--そのオープンな音というのはどういう意味ですかね?
笹崎:音が外向きだということですね。音の質の問題です。たとえば、ビオラは内向き、チェロのA線などは外向き。外向性、内向性という言い方がわかりやすいでしょうか。
(つづく)
▲ページの先頭に戻る
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |