メトロポリタン・マンドリン・オーケストラ第21回演奏会が迫った。公演は9月12日、紀尾井ホール(東京・千代田区)で。プログラムにちょっとどきどきする作品が並ぶ。マンドリン合奏で、これ? という疑問は今年はない。なぜなら昨年の公演で、このオケのポテンシャルにすっかり魅入られたから。ひたすら楽しみだ。同時に、なにゆえここまで面白いのか? その秘密を知りたくてこのオケの編曲に関する中心人物=笹崎譲さんに話を聞いた。
昨年カザルスホールにおける第20回演奏会はギタリストに福田進一氏を迎え、「北爪道夫/青い宇宙の庭III 〜独奏ギターとマンドリン・オーケストラのための」を委嘱・初演。アマチュア団体とは思えない志とパフォーマンスにびっくりした。作品も破格に面白かった。加えて演奏もよかった。そしてなによりステージ上のメンバーがそれを楽しんでいる。新しい地平を拓いていることの喜びを客席とともに共有していた。このときのプログラムはほかに「ジャン・シベリウス(笹崎譲編曲)/交響曲第7番 ハ長調(op.105)」、「グスタフ・マーラー(笹崎譲編曲)/交響曲第10番 より アダージョ」。ともに、マンドリン合奏曲としてはほとんど取り上げられることのない作品といえるだろう。しかし、この2作品ともマンドリン合奏であることを越えた音楽が響いた。
プログラムの組み方自体も個性的だ。過去のプログラムを眺めてみるとそれがよくわかる。マンドリン合奏であることを前提にしながらマンドリン合奏であることによる制約というか特質を考えていない? そのあたりの話題から。あ、その前に笹崎さんって、音楽学校は?
●「僕にとって、マンドリン・オーケストラのために編曲するということは、
反射光を半透過光に変換し、解体・再構成を施すことだ」
ーーはじめに、そもそも笹崎さんって何をしている人なんですか?
笹崎:ほかの人に説明するときはいつも困っているんですが(笑)。
メトロポリタン・マンドリン・オーケストラでは、音楽監督のような役回りです。音楽面での全体ビジョンを作り、編曲、副指揮をしています。マンドリン奏者、マンドラ・コントラルト奏者でもあります。マンドリンの活動としては、メトロポリタン・マンドリン・オーケストラ関係が大部分ですね。
メトロポリタン以外のマンドリン・オーケストラでは、アンサンブル・トレーナー、編曲、ピアノ・チェレスタ・打楽器奏者をごくたまに。通常のオーケストラでは、副指揮、ピアノ奏者や打楽器奏者としてのかかわりがそれなりにあります。
ーー笹崎さんの音楽キャリアはどんなふうに始まったんですか?
笹崎:幼稚園のころからピアノを習いました。小学生になると、教会でオルガンを弾いたり、合唱や声楽、弦楽器のピアノ伴奏をするようになって。というのが音楽の始まりですかね。もちろんソロのピアノもやっていましたが、合わせる音楽〜室内楽が基本にあります。
ーーひょっとしてずっと独学ですか? 先生や師匠についた経験は?
笹崎:そういうのはありません。大学生のときに独学で、対位法、和声法、指揮法などを一通り集中的に勉強してはいますけど。
ーーなぜマンドリンを始めたんですか?
笹崎:高校のとき、マンドリン・クラブの勧誘だけお菓子が出たので・・・(笑)。すみません、動機が不純で・・・(笑)。
ーー今の音楽レベルはいつ頃身につけたんですか?
笹崎:僕の音楽人生を振り返ってみると、「自由」がひとつのキーワードとなっているように思います。 僕が高校・大学の頃のマンドリン・クラブにおける自由度は、自分にとってはすごく少なくて、ずっと自由な活動にあこがれていたような気がします。
当時は取り上げる曲もいつも同じようなものだったし、その楽曲解釈にしても間違ったまま昔から伝承されているものでした。制限をはずせばもっと新しい世界が実現できるのではないか、という思いがとても強かったことを思い出します。とくに僕が20代のうちは、この思いが自分の音楽レベルを高める原動力になったことは確かです。
ーー笹崎さんの音楽的志向がはっきりしていったきっかけは?
笹崎:JMJの活動が僕のひとつの転機になりました。「外から見ることの重要さ」を知ったのはこのときでした。
ーーどういうことですか?
笹崎:JMJでシェーンベルクを取り上げようという話になりまして。当時のマンドリンの世界では、当然、シェーンベルクなんて発想はまず出てこなかったわけです。
僕自身シェーンベルクの曲はよく知っていたけれど、マンドリン・オーケストラと結びつける発想は当時まったく出てきませんでした。 狭い世界の中からだけ考えていると、発想も狭くなってしまうんですかね。
※JMJに関してはこちらをどうぞ。
ーー“井の中の蛙”みたいな?
笹崎:そう。自分がピアノやオルガン・合唱といった外の世界からマンドリンの世界に入ったにもかかわらず、知らず知らずのうちにマンドリンの中からの発想・価値観に染められていたことに自分自身とてもびっくりして。
この体験が、僕が物事を考える基点になったように思います。固定観念を完全に捨ててもっと「自由」に発想しなくちゃ、ってことですね。
(つづく)
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