デュオ・アルスター・インタビュー 2

——ギターやマンドリンがクラシック音楽から孤立した楽器だ、というような感想は?

児嶋:ほとんど感じませんでした。「珍しいね!」なんて言われることもありましたが、もっとマイナーな楽器を学んでいる人もたくさんいましたし(笑)。例えばマンドリンと歌(モーツァルトのオリジナル歌曲)を演奏する機会も多くありましたので、あまりそのギャップは感じませんでした。色々な科の人との交流が自然にあったことにとても感謝しています。

槐:日本のクラシック・ギター界はレベルも高く、世界屈指のクラシックギター国だと思います。売れてないと言われるCDも、ドイツと比べると3倍以上売れていると聞いたことがありますし、世界的に見ても環境は非常に良いのではないかと思います。ただ、数字だけを言えば今後停滞、下降する可能性はあると思います。そこはシビアに考えています。
 
 クラシック音楽界とギター界のギャップについてはそれほど強く感じたことがありません。それぞれの楽器にはそれぞれの世界があり、ジャンルや囲いはCD屋さんが分別のために決めればいいと思っています。私たちのCDもカフェミュージックとも言える気がします。とはいってもBGMの棚には入れないでください、とは言っておきたいですね(笑)。

——ご自分の音楽知識・感性のベースにあるのはそれぞれの楽器の音楽ですか? それともいわゆるクラシック音楽ですか?

児嶋:もともと父がクラッシック音楽ファンということや、ずっとクラシック・バレエ関係の仕事をしていることもあって子供のころから演奏会やバレエ鑑賞はよく行っていました。

 自分自身もピアノとバレエをしていましたのでクラシック音楽は日常にある自然なものでした。その中でも父の影響もあってかバロック~古典が好きになったのだと思います。そこからクラシック・ギターのCDを自分でも買うようになりました。

——どんなCDですか?

児嶋:セゴビアとかですね。熱心に聴きましたよ。中学校でマンドリン・ギター部に入る時にギターにもかなり惹かれたのですが、合奏だとマンドリンがメロディーだろうということと、初めて部活紹介で聴いたマンドリンの音色に惹きこまれたからです。

槐:子供の頃から21歳までクラシック・ピアノを習っていましたので、一番その影響が強いと思います。ですので今でも和声を考えるときはピアノ脳です。ただ、今振り返ってみると、ジャンルに固執することなく自分が気持ちの良いものを聴き弾きしてきましたね。

 ギターは小学校・中学年の頃エレキ・ギターが弾きたくて、秋葉原のラオックスでお年玉を使って赤のフェンダーを買ったのを覚えています。近所にあったギター教室がクラシック・ギター教室で、初めはエレキで反発していましたが、徐々に飲み込まれました(笑)。

——演奏スタイル〜音楽に向かう考え方や表現方法は、演奏生活の中で変化するものだと思います。留学による変化はどんなところにあると思いますか?

児嶋:もともとバロック~古典が大好きで、そのような音楽を学びたいという気持ちが強くて、ドイツに留学しました。シュテフェンの音楽や音はCDで聴いたり、本人の演奏を聴く機会があったので生で聴いた時に私もこの音質、音色を出したい!!!と強く思いました。それから、この時代の楽譜が日本だと手に入りにくいということも感じていたので、たくさん見てみたいという願いもありました。

 これは当たり前ですが日本のマンドリンの音や多く弾かれる時代を否定しているわけではありません。ロマン派の曲やトレモロの曲も好きです。単純に特に自分の好きな時代や音色がたまたまドイツのそれだったということです。

 桝川先生にもこんな音楽が好きだという話をして、「それならドイツの講習会に行ってみたら?」と勧めてくださり、背中を押してもらいました。とても有難かったですし多くのことを学ばせて頂きました。

10628425_626411944138298_2900783040910925541_n ですから音楽への気持ちの部分では今も留学前もあまり変わりませんが、留学前に抱いていた「バロック~古典」への想いは、留学後ますます強くなっています。

槐:自分の核となるスタイルはそう変化しません。ゆっくり熟成していくものだと思います。

 ドイツでの一番の課題は自分の音楽作りでした。ドイツは楽譜に厳格で真面目で遊びの少ないイメージでしたが、勿論人にもよりますがそうでもないことに驚かせられました。その遊びの引き出しが増えたことが、ドイツにいって変わった点だと思います。ちょっとした演奏上のニュアンスやルバート、ノリですね。
 洗足学園音楽大学時代の原善伸教授のほうが余程厳格で真面目でした。メトロノーム地獄でしたからね(笑)。 ただ今でも原点は原先生にあると思っています。

(つづく)