メトロポリタンMO第23回演奏会レポート -2-

笹崎譲に聞くシベリウスの新しい“表現解釈”とは?

——作品の印象に大きく影響しそうな表現解釈が行われたとのことでしたが、それは具体的にはどんなことだったんですか?

笹崎:今までの演奏会から大きく変えた点は2つほど。そのうちの1つは、譜面台の数を減らしたことです。

——譜面台の数と演奏との間に、何か関係あるんですか?

笹崎:実は、2年前に初めて紀尾井ホールで演奏会を行った時から気になっていることがありました。客席側のパートはよく聴こえるのですが、舞台の奥に入ったパートは聴こえにくいし、音色も異なって聴こえました。昨年は、原因は会場特性だろうと考えて、オーケストレーション上でこの傾向を緩和したのですが、根本的に解決できる要因がほかにあるように感じたのです。それが譜面台。

 僕の編曲はパート内が基本的に全部2段以上に分かれていることや、必ずしも毎回全員が出席して練習が進めるわけではないこともあって、パートによってはいつの間にか1人1台で自分の譜面を使うようになっていたんです。ずっと軽視していたのですが、昨年の演奏会本番最中に「これが原因かもしれない」と気が付きました。

——本番中に、ですか。

笹崎:残念ながら(笑)。もっと早く気付けばよかったのですが。

 マンドリンやギターは、1人1台の譜面台の場合、楽器を構えるとサウンドホールが譜面台の真ん前に来ます。しかもそれなりに指向性の強い楽器なので、楽器から出てくる音は正面の譜面台に反射して、直接音が客席に届かないわけです。こうして舞台内側にいるパートは間接音中心の響きになり、客席側のパートとの音色差が大きくなってしまうのですね。以前の会場、日本大学カザルスホールは、そもそも間接音主体に響くホールだったので気が付かなかったのですが、紀尾井ホールは直接音と間接音がブレンドされるホールですから。

——今回は、ずいぶん内声が充実して響いていたように感じたのですが、そういうことだったんですね。

笹崎:はい。内声が充実することによって作り出される豊かな響きを感じていただけたとすれば、今回の試みは成功だったと思います。こういった現象を意識している団体は少ないかもしれませんが、楽器の物理特性をもういちど見直すことで、よりよい響きを実現することができるかもしれません。

——なるほど。例年に比べてもホールに慣れてきた印象があったのですが、その理由がわかった気がします。ところで、もう1つ変えた点とは?

笹崎:編曲の記譜のしかたを変えたことですね。わかりにくいと思うので、原譜と編曲譜でどのように変えたかを見ていただくとよいと思います(画像参照)。

——上段が原曲の記譜、下段が編曲譜の記譜ですね。音の長さを違えていたり、表情を細かく指定していたり。

笹崎:今までは、基本的には原曲に近い記譜をしたうえで、練習初日に「原曲がこう書かれている場合は、こう演奏します」という指示をしてきたんですね。今回、練習回数を少なくしたこともあって、試しに実際の演奏方法に近づけて記譜したんです。

 僕がメトロポリタンMO向けに編曲する時には、指揮者の小出雄聖先生と楽曲解釈の打ち合わせをしてから取りかかることが多いので、今までも、やろうと思えばできたんですけれど。「このような譜面を弾くときには、こう演奏するんですよ」という楽団員の共通認識を育てたいと思ってきたことと、他の楽団で違った解釈で演奏する時に不都合があるだろうという2点で、あえて行わなかったんですね。

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 一方で、効率的ではありますから。とくに、1音符ごとに細かいニュアンスが求められるような細かい表情づけが核となるような曲では、はじめから記譜しておくことで視覚的にも入っていきやすい面があると思っています。

——それにしても、絶妙な指定ですね。

笹崎:そうですね。譜例は、小出先生が打ち合わせの時に「こんな表現をしたい」とおっしゃったものを記譜した、そのほんの一例です。なんとなくディミニュエンドするのではなくピアノで突然切る、とか、突然弱くといった、原譜を見ただけではふつう想像しない非連続的な解釈がされていますが、小出先生がシベリウスの音楽を深く感じているからこそでしょう。

——今、出てきた「非連続」という言葉は、twitterでフランクの解説の時にも使われていましたね。

笹崎:そうですね。フランクの作品も、たとえば原譜ではフォルテ・ディミニュエンド・ピアノと書かれていても、メゾフォルテまでしかディミニュエンドせず、次をスビト・ピアノにするというような表現を多用しました。フランクの音楽はオルガン音楽のような側面があり、オルガンのストップ(=音栓 音色を決める装置)を変えるような解釈を施すことで、音楽的に自然な呼吸や流れ、色彩の変化を実現できると考えました。

——なるほど。オルガン的な音色を目指したのではなく、オルガン音楽のような音楽の流れや色彩変化に焦点をあてたということですね。

笹崎:当日どれだけ表現できていたかは、演奏していた自分には判断できませんが、目指そうとしていたのは、まさにそういうことです。

 一般的にマンドリン・オーケストラでは、経験範囲の少なさや楽器演奏上の癖などから、なかなかこういう解釈がされないのですが、的確な解釈と演奏によって、いい響き、いい音楽がまだまだ表現できるはずだと確信しています。

 湯浅譲二氏の「サーカス・ヴァリエーション(1954)」については、さらに別項で触れたい。
(続く)

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