メトロポリタンMO第23回演奏会レポート -3-

湯浅譲二「サーカス・ヴァリエーション」。時代を越える現代音楽

 演奏会の構成としては第3曲目に演奏されたのが湯浅譲二氏の「サーカス・ヴァリエーション」。この作品については、作曲家・湯浅氏ご自身がステージに上がり、オケの代表・庄山恵一郎氏のインタビューに答えて解説された。それをそのまま紹介する。

——このオリジナルは1954年にお書きになった作品がベースになっていると聞いていますが?

湯浅:ええ。今から58年前ですね。

——当時の日本の音楽界や作品などはどんな具合だったんですか?

湯浅:ほとんどの作曲家の方は、日本の五音階を使ってソナタとか作品を書いている時代だったですね。戦後6、7年経った頃、1952年に僕自身は「実験工房」に参加して、デビューしたわけですけど。その1作目がピアノ曲だったんです。「2つのパストラール」という曲で、そこには調性がありました。♭が2つついたり3つついたりして。

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 しかし若い時は長足の進歩をするもので、2年目には僕は全く無調になっちゃったんです。ですからまったく楽譜には調性記号がなくて。この作品を書いた1954年というのは作曲家としてデビューして3年目ですから。無調というのは「12の音をどれが主というのではなく使う」ということなので、12音技法というのを自分で勉強し始めました。まだ翻訳本はなく、英語の12音技法の本がありましたので、それをヤマハで見つけて買ってきて。それで勉強しているときにこの曲を書いたんです。

 4年前に、初めてメトロポリタンMOにやっていただいた曲は、「エレジー・哀歌」でしたが、それから4年経っていますから、今度は明るい曲を、と思いまして。それで「サーカス・ヴァリエーション」を選んだんですが、じつはこれは、1954年当時に橘バレエ団という子供さんのバレエ団があったんです。いちばん大きい子で12歳くらい。あとは幼稚園くらいの子も大勢いるちっちゃい子だけのバレエ団でした。

——子供さん中心ですね。

湯浅:今のプリマドンナの大原栄子さんとか牧阿佐美バレヱ団を主催している牧阿佐美さんご本人がまだ子供で踊っていた、というバレエ団です。で、 子供のバレエ団ですから無調の12音の曲を書いてもしょうがないと思い、なるべく楽しい曲を、しかもサーカスをテーマにしようかというのをプロデューサーと相談して決めたものですから、子供が楽しく踊れる曲を書こうと思って、 全部で25分以上の曲を書いたんですね。

——そういうエピソードがあるんですね。

湯浅:ええ、ええ。で、その頃はまだテープもありませんから、たとえば日本青年館でバレエをやるときなどには、必ず生の演奏なんです。それでほんとうはオーケストラがいいんですが、そういうわけにもいきませんから、2台のピアノのために作曲したんです。

——それが元の曲なんですね?

湯浅:はい。それで、今回はそこから4曲を取り上げて作曲し直しました。オーバーチュア、つまり「開幕序曲」、馬を調教する「調教師」、「道化師」、それに「玉乗り」、この4曲です。ほかには「綱渡り」とか「ブランコ」もあるんですが、それは今回は入っていません。ですが、なるべく楽しく、と作りました。

——先生にはパンフレットにも文章をいただいて、そこでも触れていただいていますが、当時敬愛されていた作曲家の影響もあるとか?

湯浅:12音を勉強していましたからシェーンベルク、ウェーベルンをターゲットにしていました。でもその前の時代には、僕は今日のプログラムにもあるシベリウス、もうちょっと新しいところではプロコフィエフ、またバルトークについてもずいぶん勉強しました。この作品を書いたのは、そういうのを卒業した年齢だったんですね。
 で、実験工房というのは当時のいちばん新しいものにも目を向けていて、ほかの当時の日本の作曲家たちとは全然違っていました。だから、当時としては新しかったフランスの6人組ですね。エリック・サティ、ダリウス・ミヨーとか。その中で、とりわけ僕はミヨーなどの「ポリトーナル(複調)」に傾倒しました。調性はあるんですが、2つか3つあるいは4つの調性が同時に鳴って、そこから出てくる音が・・・。

——同時進行していくんですね?

湯浅:そうです。その「ポリトーナル」に僕は興味があって。この曲にも、ちょっとだけそれが出てきます。ただ、全体としては、ちっちゃい子が踊るための音楽です。ただし全部5拍子です。でもちっちゃい子は難なく踊っていましたね。そういう曲です。

——では4曲続けてお聴きください。湯浅先生、ありがとうございました。

 湯浅氏25歳の作品は、「楽しいこと」がモットーのようにご自身解説された。たしかに4曲とも楽しく、この抜粋4曲からなる構成ながら序曲から終曲を思わせる「玉乗り」まで、楽しかった。しかし、その楽しさの中に美しく、かつハイレベルな音楽の美意識が凝縮されていた。子供のためのバレエ音楽を越えたサティやストラヴィンスキーの「バレエ音楽」に通じる華やぎながらも、そこに高度なセンスが盛り込まれていたと思う。
 それは、無調、12音を知り、70年代の最も激しかったジャズの前衛も聴いた耳にも新鮮に響く。それは「音」「音楽」を作ろうとする行為から生まれるものだからだと思う。最近、ときに現実音や、アクションそのものを「表現」としようとする50年代後半から60年代にかけて行われた「前衛」をなぞるだけのようなステージを見かけることがあるが、意識は買うけれど、それは音楽ではない。そして古さを感じる。ところが、無調の周辺にはまだまだ音楽が溢れている気がする。
 作者も、この4曲をもって構成する新作である、と明言していた。繰り返し演奏されるに足る音楽が、マンドリン・オーケストラによって初演された。

 こうした作品は、委嘱して楽譜が手元に届いて完成ではない。そこからリハーサルを繰り返し、演奏を仕上げ、ステージに上げ、観客に届ける。そこで一応一区切りとなる。年1回の演奏会。準備期間は1年あるとはいえ、こうした活動を続けようとするメトロポリタンMOとは、ひたすら音楽に奉仕することを喜びに感じている集団だと思う。音楽の愛し方は人さまざまだ。それぞれの方法がある。しかし、マンドリン合奏の、こういうオケの楽しみ方はメトロポリタンMOだけのものだろう。団員一人ひとりは、ただの音楽好きの人たちなのに。この人たち、おもしろいなあ、とつくづく思う。

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