メトロポリタンMO第23回演奏会レポート -1-

カセッラ、フランク、シベリウス

 9月17日に行われたメトロポリタン・マンドリン・オーケストラ(以下メトロポリタンMO)をレポートしよう。このオケ、なにか年々精度が上がっているように感じるのは気のせいか? ホールの使い方に慣れてきた面があるのか? ともかく聴きごたえ十分、音楽的な楽しみを満足させてあまりある公演だった。プログラムに沿って公演を追う。

 今年のプログラムは、既報通りの4作曲家の作品で構成された。
  アルフレード・カセッラ(笹崎譲編曲)/「小管弦楽のためのセレナード」より「カヴァティーナ」
  セザール・フランク(笹崎譲編曲)/交響詩「プシュケ」より第4曲「プシュケとエロス」
  湯浅 譲二/「サーカス・ヴァリエーション(1954)」より(委嘱作品・初演)
  ジャン・シベリウス(笹崎譲編曲)/劇音楽「クオレマ(死)」より「鶴のいる情景」、組曲「ペレアスとメリザンド」より

 イタリアの作曲家カセッラの「カヴァティーナ」は、ラヴェルのマ・メール・ロワ、終曲の「妖精の園」が始まったか?と一瞬思わせる和声を感じさせる作品だった。もともとは弦楽合奏とのこと。このオケの音楽監督・笹崎譲氏曰く、「ゆっくり上昇しては舞い降りる主題がきれいで、繰り返されるたびに長くなり転調も複雑になる構成が興味深いです。動きのある主題に対し、湖面がわずかに揺れるだけのような動きの少ない部分が対比される」あたりが聴きどころという予備知識で聴いた。
 内声の織りなす層が、印象派的と思わせる豊かな響きを作り、旋律部を支えている。イタリアといえばマンドリンのために作品を残した作曲家も多いが、ハーモニーの色合いが、明らかに異なる。これは、いい。主題が繰り返されるのでわかりやすさもあると思うが、始めて知った美しい世界を持つ作品だった。

 フランクの交響詩「プシュケ」は、ワーグナー的な響きの印象を持つ管弦楽作品。とりわけこの第4曲はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死」のような響きで覆われている。「プシュケ」自体は全6曲からなる作品で、このなかから管弦楽のみによる4曲が抜粋でよく演奏される。しかし白眉はこの作品だ。
 マンドリン・オーケストラではどうなのか? 既に、木管や金管が実際になくても作曲家の意図をマンドリン・オケは創り出せる、ということを知っているつもりだが、やはり聴くまでは心配だった。
 中間部、低音側で音が重なっていくあたり、ワーグナー的な半音階的進行による重厚な響きはメトロポリタンMOだから鳴らせるのだろうか。マンドリンやオケのことを忘れて、フランクがオリジナルを求めつつもワーグナーの影響下にあってそれまでのフランス音楽の世界とは一線を画す音楽を創り出したその時代に思いを馳せることができた。
 あとで笹崎解説を見ると「各部分でオルガンのストップを変えるかのような、ある種の非連続性を意識した演奏を目指したい」というメッセージがあった。ただし実際の演奏は“オルガン風”であることより、“フランク的な呼吸”に聴こえていた気がする。これも成功のポイントだったのだろう。

 メトロポリタンMOがここ数年連続して取り上げているシベリウスは、今回2作品が演奏された。
 「鶴のいる情景」は、劇音楽「クオレマ(死)」からの1曲。マンドリンによる全奏が繰り返し“静かに進む弦楽合奏の中から、鶴の鳴き声が聴こえてくる”(プログラムから)作品。鮮やかなコントラストが美しい。
 
 組曲「ペレアスとメリザンド」からはほぼ全曲に近い8曲がセレクトされた。
 「ペレアスとメリザンド」は、メーテルリンク作の物語。フォーレ、ドビュッシー、シェーンベルクらが傑作を残している。それほどインスピレーションをもたらす題材なのだろう。あらすじだけ拾い読みすると、なんということのない悲恋だが、舞台は中世で(多分に当時の流行もあったと思うが)、劇場で演じられると、その演出効果が活きる作品であるようだ。まして、効果的な音楽がつくと、世紀末に向かう時代背景の中で人気があったことは想像に難くない。

 パリ初演は1893年、1895年にはロンドンで上演。イギリス人女優パトリック・キャンベルが英訳版上演にあたり、1898年3月から4月にかけてロンドンに滞在していたフォーレに音楽を依頼し、これは1898年6月21日、ロンドンのプリンス・オブ・ウェールズ劇場で上演された。
 「ペレアスとメリザンド」唯一のオペラとなるドビュッシー作品は、1902年4月30日にパリのオペラ=コミック座でアンドレ・メサジェの指揮により初演。
 ドビュッシーの評伝などを見ると、当時のワーグナー人気は絶大で、同時にこの影響からの脱出がドイツ以外の作曲家たちの急務、といった背景もあったようで、そのためにもこの題材は格好のものだったようだ。けれどでき上がった作品は、それぞれに印象深い作品で構成され、「ペレアス~」を創り出していると思う。
 ことにこのシベリウス版は、フランス人作曲家とは異なる異国情緒的味わいを含め、頭の中にストーリーを展開させてくれる。
 
 編曲はこれも笹崎譲氏。彼の直前メモで、とくに気になった一文がある。
「とくに終曲「メリザンドの死」の指揮者・小出雄聖先生の表現解釈は、実に説得力のあるもので、おそらく今までにないものなのではないでしょうか。「ほんとうはこういう曲だったか! 」と感じた箇所がいくつもあり・・・」というくだり。詳細は語っておらず、実際に聴いた時もハッキリとは意識できなかった。ただ、サウンドは、シベリウス全開!である。

 後日、この件について聞いた。
(続く)

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