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マンドリン演奏会報告

柴田高明マンドリンリサイタル〜歴史からの回答

 マンドリン演奏家•柴田高明の、東京公演が3月27日、やなか音楽ホール(東京・日暮里)で行われた。公演サブタイトルは「CD発売記念」。そのCDタイトルと内容は「クロニクル」〜マンドリン音楽の300年だ。
この公演日程が発表されたのは昨年末。今公演前に東日本を大震災が襲った。いくつものイベントが自粛、中止されていく中で、彼は公演決行を意思表示した。3月に発表されたばかりの彼のCDクロニクルには、そうした自粛〜祈りの気持ちに寄り添いつつも、歴史や時間というものに静かに、でも毅然と向き合うような、強い意志を持った演奏が並んでいた。その音楽の歴史に対する眼差しと演奏力は、クラシック音楽専門誌レコード芸術で大震災直前「特選」という評価を受けた。そして波乱の中での公演の決行。

 演奏会は、最初に被災した人たちに対して1分間黙祷。その後、柴田氏のおだやかな口調による簡潔な楽曲解説をはさみなから、予定通りに進んだ。

バロックマンドリン(リュート弦)によるパルティータ第4番(サウリ)、1777年製というマンドリン(リュート弦とチェンバロの弦がセット)によるアリアと変奏第6番(レオーネ)は、羽によるピッキング。伸びやかでまろやかでよく通る響きが空気をバロックの凛とした気分にかえる。続く2作品は枡川千明さんとの二重奏。18世紀のマンドリン作品として重要レパートリーとなっている、とう解説どおり、明確なソナタ形式の中、アダージョが美しい。
マンドリン0.024ppm(吉田剛士)は昨年創作された作品だが、2台のマンドリンが響かせる音の綾が刻々と表情を変え、古典から現代までを鮮やかに感じさせる。前半の作品は、気がつくとトレモロが、まったくない。

 後半は現代作品2曲とカラーチェで、構成した。演奏前に無伴奏ソナタについて、ひとこと。聴きやすくない作品。と、話し、逆に集中力を喚起していた。
 現代作品も、聴き馴染むと、どれだけ、ショッキングな音響を鳴らしているか、とか、違和感を表現できているかというような枝葉のところに意識が行きすぎたりする。でもそこに演奏者の表現を聴き分けることができると、その演奏者も作者ももっと好きになる
  そうやって現代作品も古典化〜クラシック音楽の文脈に位置づけられていくということであり、歴史が積み重なるということなのかもしれない
 クロニクル〜マンドリン音楽の300年。その長い音楽の歴史を示す数字と、1000年に1回という大震災、津波被害。そして最新のエネルギー問題/技術が直面する危機。なにか、100年という単位がいきなり身近かになった気がする。そしてその歴史観の元に、音楽家たちも、大きな課題を提示されている。それに、音楽家はどう向き合って行くのか? それをまずは示した一人が柴田氏であり、その音楽がマンドリンであり、歴史であったのはなにかの符号か、と思うのは考えすぎだろうか? 演奏会翌日柴田さんにインタビューした。記事は近日公開予定!

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