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岩永善信ギターリサイタル・レポート2014

岩永善信ギターリサイタル・レポート2014

撮影:かえるカメラ。ほかの写真を見る。

拡張を続けるギター音楽表現

 ギターというのは面白い楽器だ。岩永さんのギター演奏を聴くとそのことを強烈に思う。おそらく、まだ聞き逃しているニュアンスがあるだろう。わが耳では捉え切れていない側面があるとは思う。しかし・・・。

 たとえばオーケストラの楽器の多くは単旋律である。ヴァイオリンをはじめとする絃楽器は和音も鳴らせる。しかし、旋律を補足するハーモニーが主であり、和音——コード感はアルペジオを代表として音程のインターバルで表現する。各音には時間差がある。同時に様々な和音を奏でることができるのはギターなのだ。ピアノは? もちろん楽器としての女王である。しかし、ピアノはその音色ゆえに、少なくとも私自身の想像力を制限してしまう。どうがんばってもピアノの音で聴くしかないのだ。オルガンも同じ。それこそ想像力が足りないからだが。弦がはじかれて奏でられるギター音楽は、ときにピアノのようでありハープのようであり、演奏方法にもよるところも大きいが、管にもパーカッションにも聴こえる。だから好きだ。

 そのギターで、岩永善信という音楽家は、着実に岩永音楽を創り続けている。彼はかつてパリにギター留学した。エコールノルマル音楽院卒業後、ナディア・ブーランジェ女史に短期間ではあったというが、音楽を学んでいる。ブーランジェは指揮者、教育者として第一次と第二次世界大戦の間、そしてその後の音楽界の人材育成に重要な足跡を残した人。20世紀の主要な音楽家すべてに、といっていいくらいなのではないか。コープランド、バーンスタイン、バレンボイム・・・。そしてキース・ジャレット、エグベルト・ジスモンチ、クインシー・ジョーンズとくれば、ポップスにまでその影響は及んでいるといえそうだ。

 さて、岩永さんは彼女になにを学んだか? 以前インタビューでしつこく訊ねたことがある。ブーランジェ先生はギターを弾かない。したがって演奏の技術的なことの指導を受けるわけではない。先生の前で演奏する。その演奏を評してもらう。“音楽として”どこがどうだ、ということを話されるのだという。技術を含む演奏力。楽譜への理解力。

「演奏家が演奏するということは、作曲家の考えていることをそうやって楽譜から読み取って、その上でその考えを自分の音にしていかなくてはいけない」(岩永善信HPインタビューより抜粋)

 楽譜を通じて作曲家の頭の中にあったものを自分の中に再現し再構築する。「あっ!」と思う。岩永さんの演奏会のプログラムは、まさに自身の手によって編曲されている。作品をオケ譜やピアノ譜で丹念に読み解き、ギターのために編曲する。そしてその編曲作品を、自分の演奏にしていく。
 この作業に費やされる時間と労力はじつにたいへんそうだ。ちょっと想像できる範囲を越えている。
 その過程を経た作品が、岩永善信ギター演奏会のプログラムに並ぶ。
 無心に聴いていると、作曲家の「声」が聴こえる。こういう瞬間を経験できる演奏会は、あまりない。ギターに限らずそういう演奏を体験すると、その演奏会は、一回限りのその瞬間のものであったにもかかわらず、自分の中で永遠に残る。
 “音楽”に巡り会う、その瞬間瞬間を大切にしたいという想い。岩永さんは、ほかの演奏家に比べ、その想いがたぶん人並み以上に強い。レコードを残さない、いちばんの理由だろう。レコーディングしないんですか? という問いには、いやあ、どうもレコーディングは・・・という笑顔で返されておしまい。

 昨年12月、2014年をしめくくるように東京・ハクジュホールで演奏会が行われた。
 1部はガルッピ、J.S.バッハ、フリスネック。ガルッピはバッハとほぼ同時代を生きたイタリアの作曲家、ウォーミングアップと呼ぶにはもったいない佳曲。一気に古典の世界へ。バッハは聴き応え十分。「無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 BWV1013」からアルマンド / クーラント /サラバンド / ブーレ アングレーズ。そしてフリスネック。今回演奏されたのは「シューベルトの鱒の主題による変奏曲」。ギター演奏でもとりあげられることもある。シューベルトらしさは、中盤の、虹の架け橋のように軽やかな鱒の主題にあるのはもちろんだが、序奏は和音の陰影が重層し、終盤は若き日のシューベルトが古典派の影響下にあったことを印象づける。古典からロマン派へ。
 2部は、ピアソラ「天使の死」で始まった。ピアソラ、マスネ、最後はアルベニスへと続いた。アルゼンチン、フランス、スペインという繋がりで見ると、ちょっと面食らいそうだ。この2部は、岩永さんの今回だけの思い切り「ロマンチックな気分」だと思った。
 「天使の死」は、深読みすればきりがないが、古いヨーロッパ映画の色彩を思わせる美しい作品だ。ピアソラという作曲家の哀愁が滲む。マスネは「タイスの瞑想曲」。バイオリン独奏曲だが、ギターのために作曲されたような作品にしあがっていた。メロディーといいコード進行といい、歌心が横溢している。これは、自分でも弾きたいと思わせる! 
 アルベニスは「組曲 スペインの歌 Op.232」。元はピアノ独奏作品。今回は滅多に演奏されることのない全曲版。ギター作品として有名な「アストゥリアス」をプレリュードにおき、全5編でスペインの情景か描かれている。この作曲家はギター作品が一般的に有名だが、印象派の時代に生きスペインの民族音楽を取り入れながらオペラや管弦楽曲など多彩な作品を残している。その多彩の片鱗がこの組曲にもあった。岩永さんの演奏は、アストゥリアスからしてギター曲に聴こえない。熱情と喜び、そして悲しみが聴こえた。

 その流れを汲むようにアンコールはファリャ「粉屋の踊り」。そしてギターつながりからかギター曲「くまん蜂」(E.プジョール)、最後に耳をクールダウンしてくれるかのように「白鳥」(C.サン=サーンス)で締め。最後のアルペジオの余韻がいつまでもあたたかく耳に残る一夜となった。

 来年の活動は3月から。5月にはアメリカ公演も予定されている。
(文:江部一孝)

【オフィシャルHP】
http://www.yoshinobu-iwanaga.jp/